2012年7月22日日曜日

The attention swimmer of the London Olympic Games Part3 --- Natalie Coughlin

ロンドンオリンピックまであと5日。今日もロンドンオリンピック注目の選手を紹介します。
今回は、ナタリー・コーグリン選手(米国)の登場です。

コーグリン選手の初めてのオリンピックは2004年のアテネオリンピックです。
彼女はこの大会で、女子100m背泳ぎ金メダルに輝きます。
2008年の北京オリンピックでも、女子100m背泳ぎで金メダルを獲得。2連覇を達成しました。
2009年世界選手権ではメダルゼロ
2011年世界選手権上海大会では100m背泳ぎで銅メダルを獲得しました。

ロンドンオリンピックでは、100m背泳ぎで、ドーン・フレーザー(豪州)、クリスティーナ・エゲルセキ(ハンガリー)に続く3人目のオリンピック競泳3連覇がなるかが注目されます。

以下、ウィキペディアによる彼女の紹介です。
ナタリー・コーグリン(Natalie Coughlin、1982年8月23日 - )は、アメリカの競泳選手。
女子100m背泳ぎで初めて1分の壁を突破し、2004年のアテネオリンピックで金メダルを獲得。
2008年7月1日北京五輪米国代表選考会にて58秒97の世界新記録を樹立、ついに58秒台に突入。
ちなみにこの五輪選考会ではまず予選15組でヘーリー・マグレゴリーが59秒15を出し予選16組でコグリンが59秒03を出し、決勝で同じくコグリンが史上初めて58秒台に突入する58秒97を出して優勝した。
2日間で世界記録が3回塗り替えられるハイレベルなレースであった。
従来の記録はコグリンの持つ59秒21。

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水泳チーム親睦会

今日、水泳チームの親睦会を名鉄百貨店屋上ビアガーデンで行いました。

曇り空で天気が心配されましたが、幸いにも雨は降ることなく風も穏やかで、気持ちよくビールを楽しむことができました。
ゲストとして、Hさん、刈谷ウィングアリーナのインストラクターさんにも参加していただきました。
2人とも、我々のチームと一緒に飲むのは初めてなのですが、すぐに打ち解けあい、とても楽しい時間を過ごすことができました。
またいつか会える機会があることを願います。

夕方6時から10時までの4時間でしたが、時間が過ぎるのがとても早く感じました。
次回の親睦会が楽しみです。







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2012年7月21日土曜日

The attention swimmer of the London Olympic Games Part2 --- Stephanie Louise Rice

ロンドンオリンピックまであと6日です。
今日も、昨日と同様、ロンドンオリンピック注目の選手を紹介します。
今回は、ステファニー・ライス選手(オーストラリア)です。

彼女は、2008年の北京オリンピックで、女子400m個人メドレー、200m個人メドレー、4×200mフリーリレーを全て世界新記録で制し3冠に輝きました。
その時に出した400m個人メドレーのタイム4分29秒45は現在も世界記録として残っています。

北京オリンピック以降の成績は、
2009年世界選手権ローマ大会では、200m個人メドレー2位、400m個人メドレー3位
2011年世界選手権上海大会では、メダルゼロに終わりました。

北京オリンピックを境に峠を過ぎた感のあるライス選手、ロンドンで復活なるか、乞うご期待です。

以下、ウィキペディアによる彼女の紹介です。
ステファニー・ライス(Stephanie Louise Rice, 1988年6月17日 - )は、オーストラリア・ブリスベン出身の競泳選手。北京オリンピック金メダリスト。
身長176cm、体重67kg。
北京オリンピック女子400m個人メドレー、200m個人メドレー、4×200mフリーリレーを全て世界新記録で制し3冠に輝いた。
ブリスベンの「セント・ピーターズ・ウエスタン・スイミング・クラブ」にて、マイケル・ボールに師事した。
男子50mと100m自由形の世界記録保持者であるイーモン・サリバンとはかつて交際していたが双方が五輪に集中するため破局した。
2010年9月4日、ラグビーのオーストラリア代表が南アフリカ代表に勝利したのを受け、同性愛者差別を意味するつぶやきをツイッターに投稿した。その後不適切発言を謝罪し投稿を削除したが、スポンサー契約を締結していたジャガー・オーストラリアは6日付で契約打ち切りを通告した。

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The attention swimmer of the London Olympic Games Part1 --- Federica Pellegrini

ロンドンオリンピックまで1週間と迫りました。
スポーツファンならずと開幕を待ちわびているのではないでしょうか。

そこで、本日より特別企画として、The attention swimmer of the London Olympic Games(ロンドンオリンピック注目の水泳選手)を連載したいと思います。

栄えある第1回は、私が最も注目する選手、フェデリカ・ペレグリニ選手(イタリア)を紹介します。
ペレグリニ選手は、200mおよび400m女子自由形の現世界記録保持者です。
特に400m女子自由形では、ジャネット・エバンス選手も成しえなかった4分の壁を破り、歴史に名を残すことになりました。

2008年北京オリンピックでは200m自由形で金メダルを獲得(400m自由形は5位)
2009年世界選手権ローマ大会では、200m&400m自由形をともに世界新記録で優勝
2011年世界選手権上海大会でも、、200m&400m自由形の2冠となりました。
今回のロンドンオリンピックでも当然200mと400m自由形の2冠を狙います。

フェデリカ・ペレグリニ(Federica Pellegrini、1988年8月5日 - )は、イタリアの競泳選手。
女子200mと400m自由形の世界記録保持者。
ミラノ出身。身長178cm。体重68kg。(2008年)。
新聞表記はペレグリニだがペレグリーニと呼ばれることもある。

経歴 
ペレグリニは、初出場した2004年アテネオリンピックでは200m自由形で銀メダルを獲得。
16歳12日でのオリンピックの表彰台は、イタリア選手として史上最年少の快挙であった。
2007年にオーストラリアのメルボルンで開催された世界選手権の200m自由形の準決勝で、1分56秒47の世界新記録(当時)をマーク。
しかし翌日の決勝では、フランスのロール・マナドゥが1分55秒52をマークし、世界記録を奪われる。(ペレグリニは決勝で3位)
2008年3月24日に行われた水泳の欧州選手権において、400m自由形で、4分1秒53と、2006年8月にマナドゥが作った4分2秒13の記録を破り、再び世界記録保持者となる。
北京オリンピックでは世界記録を持つ400m自由形で5位に終わるが、200m自由形で世界新記録を出し金メダルを獲得した。
ペレグリニはイタリアの国内メーカーの水着を着用し、レーザー・レーサーを使わずに世界新記録で勝った唯一の選手になった。
2009年3月には200m自由形で1分54秒47、400m自由形で4分00秒41の世界新記録を樹立した。
 7月に行われた世界水泳選手権では、女子では史上初めて4分を切り、3分59秒15で優勝した。
200mも世界新記録で優勝して2冠に輝いた。

自己ベスト
50 m 自由形: 25秒47
100 m 自由形: 53秒55
200 m 自由形: 1分52秒98(世界記録)
400 m 自由形: 3分59秒15(世界記録)
800 m 自由形: 8分29秒01

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2012年7月19日木曜日

7月19日の練習

今日は刈谷ウィングアリーナで練習をしました。
スキンヘッドリーダー、ドラゴンさん、チャーリーさん、副市長さんに会うことができました。

・フリー250m
・バック500m
・休憩10分
・バック500m
・バック50m×10本
・ブレ50m
・バタ50m

合計 1,850m
練習後の体重 66.4kg

練習後の体重が2日前と比べ、何と 1.3㎏アップ!
気持ちよく練習ができ気分が良かったのに、体重計にのった瞬間に気分がブルーになりました。
目標の60㎏を達成するのはいつの日になることやら・・・

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2012年7月18日水曜日

My favorite swimmer Part9--- Janet Elizabeth Evans


My favorite swimmer Part9、今回も前回に引き続き、天才女性スイマーを紹介します。
ソウルとバルセロナオリンピックで活躍した、ジャネット・エバンス選手です。

彼女の天才ぶりを紹介する時出てくる話が、2歳の頃に普通に泳いでいたといた、というものです。
その天才少女は、15歳の時に、400m、800m、1,500mの自由形の世界記録を出します。
そして翌年の1988年ソウルオリンピックでは、400m、800m自由形(動画、下から2番目)、400m 個人メドレーで金メダルを獲得します。

1992年バルセロナオリンピックでは、400m自由形で銀、800m自由形で金メダルを獲得し、800m自由形は連覇しました。
世界選手権でも、1991年のバース大会で400m、800m自由形で金メダル、1994年のローマ大会で800m自由形金メダルを獲得しており、800m自由形は連覇しました。
エバンス選手は、女性で初めてオリンピックと世界選手権の両大会で連覇した選手なのです。

初めてと言えば、1500m自由形で初めて16分の壁を破ったのもエバンス選手です。

エバンス選手は、3つの世界記録を出していますが、保持期間が普通ではありません。
ソウルオリンピックで出した400m自由形の世界新記録は、2006年5月にロール・マナドゥ(フランス、柴田亜衣選手のライバル)に破られるまで、18年間保たれました。
ソウルオリンピック翌年の1989年に出した800m自由形の世界記録は、2008年の北京オリンピックでレベッカ・アドリントン(英国)に破られるまで19年間にわたって世界記録を保ち、これは水泳として最も長期間の記録となりました。
1988年に全米選手権で出した1500自由形の世界記録も、2007年まで破られることはありませんでした。

エバンス選手の泳ぎ方は、一目でエバンス選手と分かる特徴がありました。リカバリーの時に肘を曲げず、まっすぐのまま手をブンブン振り回す泳ぎなのです。
これまで、リカバリーの時は、肘から下の力を抜いて泳ぐ、というのが一般的な理論でしたが、エバンス選手の登場で、その理論が怪しくなってきました。
エバンス選手の泳ぎ方の合理性は、現在の水泳理論でもまだ解明されていません。

エバンス選手の最近のトピックは、何といっても、現役復帰宣言でしょう。
1996年のアトランタオリンピックでメダルゼロに終わった後、引退していましたが、15年間のブランクと40歳という年齢をおして、2012年のロンドンオリンピックを目指すことを表明、、今年4月の地方予選では、400m自由形と800m自由形でオリンピック代表選考会の標準記録を突破しました。
エバンス選手の800m自由形自己ベストは、いまだに全米記録(元世界記録)です。
したがって代表選考会の中で1番持ちタイムがよいのは、エバンス選手ということになります。
恐ろしいアラフォーです。
残念ながら、6月の代表選考会では、400m自由形で、4分21秒49で80位、800m自由形でも9分1秒59で53位と4大会ぶりのオリンピック出場はなりませんでした。

以下、ウィキペディアによる彼女の紹介です
ジャネット・エバンス(Janet Elizabeth Evans, 1971年8月28日 - )は、アメリカの競泳選手。オリンピック女子競泳種目で合計4つの金メダルを獲得した。
エバンスはPlacentia(オレンジ郡 (カリフォルニア州) )で生まれ、子供の頃から水泳を始めた。
1987年15歳のときに、エバンスは400m、800m、1,500mの自由形の世界記録を更新した。
1988年のソウルオリンピックで、エバンスは3つの金メダルを獲得した。
このときの400m自由形の世界新記録は、2006年5月にロール・マナドゥに破られるまで、18年間保たれた。
また、800m(1989年8月)では、2008年の北京オリンピックでレベッカ・アドリントンに破られるまで19年間にわたって世界記録を保ち、これは水泳として最も長期間の記録となった。
エバンスは、アメリカ合衆国の最高のアマチュアスポーツマンとしてのジェームスサリバン賞の1989年の受賞者となった。
エバンスは1988年以降、世界の競泳をリードし、800mの自由形において1988年と1992年のオリンピックタイトルと1991年と1994年の世界選手権タイトルをとり、オリンピックと世界選手権の両方を連続して制した最初の女性となった。
エバンスは、アメリカの国内選手権で、400mと800m自由形に12回勝った。
エバンスは、1996年のアトランタオリンピックにも参加したが、メダルはとれなかった。
400m自由形の予選は9位で決勝に進めなかった。
800m自由形では6位だった。しかし、エバンスは開会式でオリンピックの聖火を運ぶ名誉を与えられ、点火したモハメド・アリに聖火を手渡した。
エバンスは、6つのアメリカ記録、3つの世界記録、5個のオリンピックのメダルを獲得した。
エバンスの泳ぎは、腕をまっすぐにして風車のようにぐるぐる回し、水しぶきをバシャバシャと立てる、当時の正統とは程遠い独特の泳ぎで、モーター泳法とも言われた。
エバンスは身長163cmと水泳選手としては不利な体格だったが、無尽蔵と思えるスタミナを持ち、レースの後半でもペースが落ちなかった。
当時の競争相手たちは、「ドーピングをした相手も少なからずいたと思われるが、エバンスはそういった相手をものともせず、大差をつけて勝つことができた。
空前絶後の水泳の天才。」と評した。
現役復帰
1996年のアトランタオリンピックを最後に引退したが、15年間のブランクを経た2011年6月、翌年のロンドンオリンピックを目指しての現役復帰を表明した。
復帰表明直後に行われた「エバンス招待大会」において、女子400m自由形で4:23.82の女子35歳~39歳区分のマスターズ世界新、女子800m自由形で8:59.06(動画、1番下)の女子35歳~39歳区分のマスターズ世界新をそれぞれ樹立し、復帰に向けた練習再開が本格的であることを示した。

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2012年7月17日火曜日

7月17日の練習

今日は、刈谷ウィングアリーナで練習しました。スキンヘッドリーダー、チャリンコボーズさん、ドラゴンさんと会うことができました。

・バックキック500m
・バック左手50m×5本 1分20秒サイクル
・バック右手50m×5本 1分20秒サイクル
・バック50m
・休憩10分
・バック50m×9本 1分30秒サイクル
・フリー50m×5本
・ブレ50m×5本
・バタ50m×5本
・コメ100m

合計 2,350m
練習後の体重 65.1kg

今日は体のキレが悪く、思うように泳ぐことができませんでした。
もっとフィジカルを強くしないといけないと感じました。

予想外だったのは、体重です。ここ最近は、ずっと66kg前後で安定していましたが、今日は1㎏弱減っていました。
目指すは60㎏。頑張るぞ!

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2012年7月16日月曜日

My favorite swimmer Part8--- Mary T. Meagher


My favorite swimmer シリーズ第8弾、今回はシリーズ初の女性スイマー、メアリー・マーハー(米国)です。

このシリーズで紹介するスイマーは、天才的な人達ばかりですが、その中でも彼女の才能は抜きんでていると私は思っています。
1964年生まれなので、前回紹介したミヒャエル・グロス選手や、すくーる水着と同じ歳です。

1979年、まだ14歳の時、200mバタフライの2分9秒77の世界新を記録します。(前の世界記録は2分9秒87)
翌年の1980年は100mバタフライでも59秒26の世界新記録を出します。(前の世界記録は59秒46)
この時、マーハー選手が日本ではまだ無名だったため、”Mary Meagher”をカタカナで「メアリー・ミーガー」と表記されていました。(しばらくしてから、メアリー・マーハーに変わりました。)
躍進の速度が名前が知れ渡る速度よりも速すぎた結果です。

1980年のモスクワオリンピックは、政治の介入により、参加できませんでしたが、1981年の全米選手権で偉大な記録を作ります。
100mバタフライで57秒93、200mバタフライで2分5秒96という記録です。
マーハー選手は、100mでは1年強で1.53秒、200mでは、2年強で3.91秒、世界記録を短縮したことになります。
しかし、驚異的なのはその後です。
100mの記録は1999年にジェニー・トンプソン選手に、200mでは2000年にスーザン・オニール選手に破られるまで、20年近く世界記録保持者として君臨していました。
この記録は、競泳で最も長い間保持された世界記録でした
メアリー・マーハー選手は、現役を退いた後も、長い間、世界記録保持者であり続けたのです。

以下、ウィキペディアによる彼女の紹介です。
メアリー・ターステッジ・マーハー・プラント(Mary Terstegge Meagher Plant, 1964年10月27日 - )はアメリカ合衆国の競泳選手(バタフライ)である。

ケンタッキー州ルイビルに生まれた彼女は、幼い年から水泳をはじめ、14歳となった1979年に、100mバタフライ(59.26)、200mバタフライ(2.09.77)で早くも世界記録を打ち立てている。
その後、彼女は圧倒的な競技力により、次々と自らの世界記録を更新していくことから「マダムバタフライ」(蝶々夫人とかけられている)と呼ばれることとなる。
マーハーは1980年のモスクワオリンピックにおいて金メダルを期待されていた。
しかしながら、アメリカはアフガニスタンに侵攻したソビエト連邦に抗議するため、モスクワオリンピックに不参加を表明したのでそのチャンスが訪れることはなかった。
オリンピックに出場できなかったマーハーであったが、1981年の全米水泳選手権において歴史的な大記録を残すこととなる。
その大会で、マーハーは100mバタフライで57.93、200mバタフライで2.05.96という驚異的な世界記録を達成する。
この記録は、その後他の競泳種目の世界記録が次々と破られていく中、100mで1999年にアメリカのジェニー・トンプソン、200mで2000年にオーストラリアのスーザン・オニールに破られるまで、20年近く更新されなかった。
マーハーの世界記録は、1968年メキシコオリンピックの走幅跳のボブ・ビーモンの世界記録と並び称される世界記録と言われた。
1984年ロサンゼルスオリンピックでは、マーハーは100m、200mとメドレーリレーの3種目で金メダルを獲得する。
東側諸国が不参加を表明した大会であったが、たとえ東ドイツやソビエト連邦の選手が参加していたとしても、彼女の金メダルの獲得は揺るがなかっただろうといわれた。
マーハーは1988年ソウルオリンピックにも出場し、200mバタフライでは銅メダルを獲得している。
エピソード
1993年に国際水泳殿堂入り表彰者に選ばれた。
その際、同時に殿堂入りした日本の長沢二郎がバタフライのドルフィンキック発明者だったことを知り、「ドルフィンキックの発明がなかったら、私はバタフライをやっていなかったし、世界記録も作れなかったでしょう。その意味で、今日、ここに一緒にいる長沢さんに感謝していますし、彼と共に表彰されるということは素晴らしいことです。」と挨拶した。

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2012年7月15日日曜日

7月15日の練習

今日は、一色B&Gプールで練習しました。中学生時代の同級生Kさんに会うことができました。

・フリー200m
・バックキック500m
・バック右手50m×5本 1分30秒サイクル
・バック左手50m×5本 1分30秒サイクル
・バック50m×10本 1分30秒サイクル
・バタ25m×10本 1分サイクル

合計 2,000m

この日、Kさんとは、同じ時間に入って同じ時間に帰りました。
練習時間は同じ1.5時間ですが、泳いだ距離は私が2,000mなのに対し、Kさんは2,700mも泳いでいました。
中学生時代のタフネスさは今も健在のようです。

今日、西尾市体育大会水泳競技会のエントリーをしてきまいした。
市町村合併に伴い、B&Gでも申込みを受け付けてくれるので、練習がてら申込みをしてきました。
今年は、2年前(昨年は出場せず)と同じ、背泳ぎ50mとバタフライ50mに出場します。

私は48歳、40歳代のレースでは高齢の部類は入ります。
さまざまな要因で、入賞への道は年々険しくなりますが、何とか3位以内に入れるよう、しっかり準備をしたいと思います。

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息子の合同練習会

合同練習会の会場となったプール
今日、息子は市内の中学校のプールで、市内の2つのスイミングクラブとプールを提供する中学校の3者による合同練習会に参加しました。

このプールは屋外の50mプールです。
息子は、50mプールの長さや深さ、水温、いつもと違う練習メンバー等々、普段の練習環境との違いにとまどいながらの練習だったようです。

3週間後のとびうお杯は、息子にとって初めての全国大会です。
最後の追いこみ練習として、この合同練習会は開催されたと思いますが、息子は今日、調子が出ず、自信を失った感があります。
しかし、これは、単に慣れない環境に対する戸惑いだと思います。

また明日からの練習で、自信を取り戻してほしいと思います。

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